『シュガーマン 奇跡に愛された男』

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    南アフリカのケープタウン。海岸沿いを走る車の中から、気怠くて哀愁のある曲が流れてくる。辛い現実から逃避するように麻薬を求める男の歌。

    カットが切り替わると一人の男がインタビューに答えている。伝説のミュージシャン「シュガーマン」という男について。

    この映画は、未だに南アフリカで伝説的な人気を誇りつつも、全く謎の存在として語り継がれているミュージシャン、「シュガーマン」の姿を追い求めるドキュメンタリーだ。

    映画は音楽業界の関係者とファンのインタビューで構成され、シュガーマンという男についての昔話で構成される。

    シクスト・ロドリゲスという名前のミュージシャン、シュガーマン。この言葉が意味するのは薬の売人だ。シュガーマンは街で見聞きしたことをそのまま歌にしていたようで、彼の歌から感じられる哀愁は当時のデトロイトを象徴しているように思える。伝説的に語り継がれている一方で、現在では「死んだのではないか」、とまで噂されており、

    彼を担当したプロデューサーが「笑っちまうほどに悲しいんだ」と評しているとおり、彼の歌には悲しみと虚しさが滲み出ている。

    時代を自嘲的に歌っている彼の歌は、アメリカン・ニューシネマに漂っていた雰囲気に似たものを感じられる。とあるレコード店のオーナーは語る「彼はちょっとした反抗のシンボルだった」「レコードのジャケットはヒッピー風だったよ」

    歌の中で彼は常に孤独であり、時代に取り残された若者の悲しさが印象的だ。

    「ザ・エスタブリッシュメント・ブルース」というLPが与えた影響は甚大なもので、「ザ・コールド・ファクト」と併せて、南アフリカにおける反抗のシンボルとなった。海外に対して鎖国的な政策をとっていた当時の南アフリカに住む人々の心を解放したのだ。アパルトヘイトの批判が懲役3年だった時代に、オランダ系白人のミュージシャンたちがロドリゲスの歌をカヴァーし始めたことで、国民に反抗心が浸透していった。本人が全く予期していない形で、地球の裏側で大反響を産んでいた。しかしロドリゲスは売れない歌手として消えていった。体制に反抗しつつも結局は負けてしまったヒッピーたちのように。

    彼はどこにいるのか?いよいよシュガーマン探しが始まる。

    彼のLPには彼に関する情報が全く掲載されていなかった。南アフリカの人々は、彼は当然アメリカでも有名だと思っていたのだから驚きだ。なので書いた歌詞から想像するしかなかった。しかし当然彼がどこにいるのか分かるはずがなかった。

    ロドリゲス探しは金を追うことから始まった。死者の印税はどこに行くのか?これが非常に不明瞭だったので、追いようがないことがわかる。そこでレコード会社の元社長にインタビューをするも、彼の情報は一向につかめない。

    「もうダメか・・・・」と諦めかけた時に、歌詞にあった「ディアボーン」という街がヒントになる。

    その街には『コールド・ファクト』の共同プロデューサーがいたのだった。ここからロドリゲス探しは大きな動きを見せる・・・・。

    この映画は私が今までに見たドキュメンタリーでも異質なものだった。アメリカで全く売れていなかったミュージシャンが、今でも南アフリカのシンボルになっている。こんなにロマンがある話は珍しい。


    彼が活動したのは1970年代のデトロイト。この時代は『グラントリノ』で描かれたように「日本車の浸食による自動車産業の没落」の時代だ。加えて1967年には「デトロイト暴動」が起こっていたので、「ホワイトフライト」つまり白人の郊外への逃亡が起こった後だ。企業は社員を大量解雇、下請などの関連企業は倒産が相次ぎ、市街地の人口流出が深刻となった。同時に、ダウンタウンには浮浪者が溢れ、治安悪化が進んだ(インナーシティ問題と呼ばれる)時代だった。若者には仕事も希望もなく、鬱屈した感情をドラッグや暴力にぶつけていた時代だ。『ロボコップ』の舞台となったのもこの頃のデトロイトだ。

    このドキュメンタリーには「拝金主義の否定」というテーマが込められている。アメリカ映画では定番のテーマだが、現実の社会では拝金主義が勝利してきた結果、1%の大金持ちたちに苦しめられる99%の人々おというアメリカの構図が出来上がった。現代アメリカに通じる70年代のデトロイトの疲弊した時代の敗残者としてごく一部で語り継がれてきた男の、南アフリカでの知られざる人気は、現在の生活の厳しいアメリカ国民に訴えるものがあったのだろう。応援される気持ちになることがよくわかる。今作のアメリカ公開は2012年だが、2013年の映画のテーマで印象的だったのは、「サバイバル」だった。『ハッシュパピー バスタブ島の少女』、『エリジウム』、『キャプテン・フィリップス』、『ゼロ・グラヴィティ』など。厳しい状況から逃げずに立ち向かう、というテーマが込められた作品が特に多い年だったように思える。これは困窮するアメリカ国民の生活を応援する思いが込められているのだろう。

    そしてもう一つのテーマが「アメリカン・ドリーム」だ。今年になってこの作品が公開されたことには、やはり疲弊したアメリカとの関係性が見える。アメリカン・ドリームを実現する人はほんのひと握りだ。しかし彼の人生は日々を一生懸命に生きて、いつの日かアメリカン・ドリームを実現しようと生きる人々を勇気づけたことだろう。そしてシュガーマンは裕福になったわけでもない。一瞬の夢を味わい、彼は住み慣れたデトロイトで市井の人々と同じように生きていく・・・・。

    映画の後半で起こる奇跡のような出来事に、熱狂すること間違いなしの傑作。

    評価はS

    アカデミー賞受賞も頷ける。
     

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      • 2017.07.12 Wednesday
      • -
      • 22:20
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      • by スポンサードリンク

      コメント
      『Searching For Sugar Man』見ました。

      >彼が活動したのは1970年代のデトロイト。この時代は『グラントリノ』で描かれたように「日本車の浸食による自動車産業の没落」の時代だ。

      映画で描かれていた70年代の南アの状況はとても興味深かったのですが、同時代のアメリカはこんな時代だったのですね。世界の歴史を地球規模の視点で見つめることは大切ですね。勉強になりました。感謝です。
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